【第3回】 片道20kmの「壁」。市川〜新橋の自転車通勤が、50歳手前の私にくれた“ささやかな自信”

「自転車を買った! さあ、明日から東海道へ出発だ!」

…とは、いきませんでした。 当時の私は、ジョギングで膝を痛めたばかりの、もうすぐ50歳になるサラリーマン。気持ちだけは前向きでしたが、いきなり数百キロの旅に出れば、初日で膝が悲鳴を上げてリタイアするのは目に見えていました。

必要なのは「脚作り」です。 そして時代は、ちょうど「コロナ禍」の真っ只中でした。

「満員電車には乗りたくない」 「でも、足腰は鍛えたい」

この2つの事情が重なった時、私はある決断をしました。 「千葉(市川)の自宅から、東京(新橋)のオフィスまで、自転車で通勤する」

往復45km。 この毎日の地道な積み重ねこそが、後の東海道制覇を可能にする「基礎」を作ってくれました。

今回は、決して楽ではなかった自転車通勤の日々と、そこで少しずつ芽生えた「これなら行けるかもしれない」という自信についてお話しします。

1. 「市川〜新橋」は、ただの平坦な道ではない

私の通勤ルートは、片道約22〜23km。往復で45km。 ママチャリなら2時間かかる距離ですが、クロスバイクなら片道1時間ちょっとで走れます。

「関東平野だし、街を走るだけなら楽勝でしょ?」 そう思うかもしれません。しかし、実際に走ってみると、東京を横断するということは「川」との戦いだと痛感させられます。

橋は「山」である

市川から新橋へ行くには、いくつもの大きな川を越えなければなりません。 江戸川、中川、荒川、隅田川…。 川を渡るための「橋」は、自転車にとっては立派な「山」です。長い上り坂を登り、下る。これを朝夕のラッシュ時に繰り返します。

信号は「ストップ&ゴー」の連続

さらに都内に入れば、数百メートルおきに信号があります。 止まっては漕ぎ出し、止まっては漕ぎ出し…。 これはスポーツの世界で言う「インターバルトレーニング」のようなもので、一定のペースで走るよりも遥かに体力を削られます。

最初の1か月は、正直きつかったです。 太ももは重く、帰宅して自転車を降りたら足がフラフラでまともに立てない。 「今日は雨が降りそうだから…」と理由をつけて、電車に乗ってしまおうかと何度も思いました。

2. 2ヶ月後、ベルトの穴が2つ縮まった

しかし、継続とは不思議なものです。 毎日45kmを走り続けて2ヶ月が経つ頃、ふと体の変化に気づきました。

  • 膝が痛くない: ジョギングではあんなに痛んだ膝や股関節が、自転車なら全く痛まない。
  • 体力の向上: 以前なら息切れしていた駅の階段や、通勤ルートの「橋」を、座ったまま登れるようになった。
  • お腹周りの変化: 体重が落ち、ベルトの穴が2つ縮まりました。

「アスリートになった」なんて大げさなものではありません。 ただ、50歳を手前にして感じていた「体力の衰え」が止まり、「今の自分、意外と動けるぞ?」という確かな手応えを感じられるようになりました。

3. 週末の「江戸川100km」で距離への恐怖を消す

平日は通勤で「坂道」と「ストップ&ゴー」をこなし、週末は仕上げのトレーニングを行いました。 自宅近くの「江戸川サイクリングロード」です。

信号のない川沿いの道を、ひたすら北上して関宿城まで往復するコース。距離にして約100km。 ここでは、通勤とは違う「一定のペースで長時間サドルに座り続ける練習」をしました。

最初は50kmでお尻が限界でしたが、徐々に慣れ、江戸川の向かい風に泣かされながらも、何とか100kmを走りきれるようになりました。

平日45km、週末100km。 これを数ヶ月続け、季節が変わる頃には、私の心の中にあった「東海道なんて無理だ」という恐怖心は消えかけていました。

「準備はできた。あとはきっかけだけだ」

次回予告

準備万端整ったある日、スケジュールにぽっかりと空白ができました。 「行くなら、明日しかない」 私は前日に宿を取り、PCをリュックに詰め込みました。

次回、いよいよ実践編。

(第4回へ続く)

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